恋愛エッセイ心の傷


部活の思い出


小学校六年の時、私は体操部に入った。

母の三回目の再婚相手候補が体操部の顧問だったので、母に無理矢理入部させられたのだ。(そのとき母はまだ結婚してた)

五年の時までやっていたミニバスケ部は、あっさりやめさせられた。

部活は四年からなので、六年で入ってもみんなの上達に付いて行けず、選手になれないのが辛かった。二学年下の妹は、四年で始めたので、次の年には選手になれた。

私はバスケの方が好きだったから、選手じゃなくても気にならないと、自分に言い聞かせたが、悔しさは募った。

なぜならやってみると体操は私にぴったりの競技で、バスケよりずっと面白かったからだ。小柄で華奢な私(当時は華奢だったの! 143cm、28kg)に、体操は天職みたいだった。

私の得意は倒立ブリッジだった。

私は足が人より長くて綺麗だとよく言われた。(だから当時は、ですよ)

だからそれが一番美しく見える倒立ブリッジが一番好きだった。

ゆっくりと両手をついて真直ぐに倒立する。そこで一旦動きを止め、さらにゆっくりと左足を反対側に倒して行く。体型がアーチ型になり、音もなく左足のつま先をトンと降ろしたら、上げたままの右足と同時に、両手を離して片足のまま起き上がる。

右足は90度の角度になるように、前にまっすぐ延し、両手はバランスを取るように左右にのばす。

この演技はゆっくりやるほど高得点が得られる。ゆっくりの方がより難しいからだ。

私は連続技は出来なかったが、倒立ブリッジ単体では、練習試合でいつも高得点だった。

平均台も大好きだった。

平均台の上でやる倒立ブリッジは、少しでもバランスを崩すと落下するという緊張感があった。平均台の高さは1メートル。落下すれば怪我をする高さだった。

ところが倒立ブリッジより前段階の開脚前転がどうしても出来なくて、そこばかり練習させられ、あまり先の演技をさせてもらえなくなった。(倒立前転は出来たのに)

開脚は出来たが、その後、前にぺったり前屈するのが出来なかったのだ。

私の身体は後ろ向きには柔らかかったが、前には曲がらなかった。背骨が折れるかと思うほど押されても、全然胸を床につける事が出来なかった。

鉄棒も苦手だった。

選手になるには大車輪が出来ないといけないのに、私は足掛け後ろ回りでモタモタしていた。どうしても怖くて後ろに倒れられなかった。

跳び箱は得意だった。8段に箱8つ(踏み込み台と跳び箱の間を箱で離すほど難易度が高い)を軽くクリアしていた。

でも私は「床演技」が一番好きだった。

選手に選ばれた人の華麗な演技にうっとりとして、自分もあんな事が出来るようになりたいと思った。

しかし……前屈はいくらやっても出来なくて、泣く泣く断念した。

思い出すとまた倒立ブリッジをやってみたくなる。今の体重で出来るはずはないんだけど、出来た時の快感をまた味わいたいなと切に思う。

たぶん、倒立ブリッジは出来なくても、両足をついたままなら、起きあがれるのではないかという期待があるが、そんなの試すスペースがないので、やってみていない。出来ると思うのは気のせいで、きっと出来ないんだろうな。

ううーん、試してみたくなってウズウズして来た。

転校先に体操部があったら、演劇部には入らなかったかもしれない。

どっちにしろ、人前で何か芸するのが好きだったようだ。

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